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書籍・雑誌

2022年5月29日 (日)

「物語 ウクライナの歴史」黒川 祐次著(中公新書)を読んで

 ロシアによるウクライナ侵攻も3ヶ月を過ぎてしまいました。以前当ブログでも「ウクライナ問題について思う」として2022年02月24日の侵攻以前に問題提起として、なぜウクライナ系住民とロシア系住民が混在しているのかについて答えを出せないまま書いたところです。ようやく、この問の答えを提示できる本書「物語 ウクライナの歴史」黒川 祐次著(中公新書)を読みましたので紹介したいと思います。
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 本書では、ウクライナの歴史が相当前から書かれていますが、今回はウクライナ系住民とロシア系住民がなぜ混在しているのかについてかいつまんで紹介したいと思います。
 まずは、ウクライナが18世紀に帝政ロシアの領土となり荘園貴族が移入してきたことがあります。
 次に、19世紀末に地元のウクライナ系住民が農業に工場労働者としてロシア系住民が移入してきたことがp163に

既述のように農民は土地不足と人口増で捌け口に困っており、確かに相当数が工業地帯に流れたが、それ以上に工業労働者になったのはロシア人であった。前述のとおり、ウクライナの都市は以前よりポーランド人、ユダヤ人、ロシア人の住んでいるところであり、そこでの言語、生活様式は農村に住むウクライナ人とは大きく異なっており、農民にとって都市は居心地の悪い異質な世界であった。したがって工業化に伴い労働者が必要となっても農民は必ずしも都市に働きに出なかった。

と、あります。
 三番目にソ連時代に支配階層として政治、行政の立場にある人が移入してきたことがあります。あと、p240にソ連時代のクリミアを移管を

これは対ウクライナ懐柔政策であったが、他方ロシア人が人口の七〇%を占めるクリミアをウクライナに帰属させることによってウクライナの中でロシアの比率を高める意図もあったとされている。

と、しておりクリミア移管についてはロシアが浸透目的でロシア系住民の多い地域を移管しロシア系住民を増やした部分はありそうですが他の地域ではそうでもなさそうです。
 あと、ソ連崩壊の際にロシアから独立したときロシア系住民の多い地域でなぜウクライナ側に編入されたのかと言う疑問がありますが、これにはp251に

 十二月一日、ウクライナの完全独立の是非を問う国民投票と初代の大統領を決める選挙が行われた。国民投票では九〇・二%が独立に賛成した。ロシア人の多いハルキウ、ドネツク、ザポリッジア、ドニプロペトロフスクの各州でも八〇%以上が賛成であった。ロシア人が過半数を占めるクリミアでも賛成は五四%と過半数を上回った。

と、しており投票で過半数を占めていたことが伺えます。それなのになぜウクライナ系住民とロシア系住民とでイザコザが発生したのでしょうか。この辺の現代史については2002年初版の本書では記述されておりません。
 クリミア半島ではロシア系住民が過半数以上を占めており、独立の際の投票では過半数を占めていたはずですが、2014年03月16日に行われたロシアへの編入の是非を問う住民投票では96.8%が編入に賛成しています。これは、どういった理由による心変わりだったのでしょう。選挙が操作されたと言うには数字が大きすぎます。操作されているのであればその後の統治にも支障をきたすはずです。当方は、ウクライナ政府への失望が大きかったのではとの解釈に至ります。Webページ「社会実情データ図録」で指摘されているとおり、マイダン革命により親ロシア派のヤヌコビッチ政権崩壊後の新しい暫定政権が2014年02月23日にロシア語を準公用語とする言語法を廃止したことが響いているのではと思っています。
 1991年の国民投票時点でのウクライナ系住民とロシア系住民では同床異夢だったのではないでしょうか。それでもなお、ロシア系住民の多い地域での1991年の国民投票での決定は重大だと思います。ですので、当方は、ロシアのクリミア半島併合もなされるべきではなかったと思います。この辺は、ほとんど単一民族国家である日本人には理解しにくいのではと考えさせられてしまいます。
 さて、本書はもちろんウクライナの歴史を全般的に網羅した本になっていますのでコサックのことやウクライナにいたポーランド人やユダヤ人との関係なども示してくれており、ウクライナを理解するには良い本だと感じました。

 

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2022年4月24日 (日)

「4行でわかる世界の文明」橋爪 大三郎著(角川新書)を読んで

 この本は、世界の文明に属する人の行動様式を4行でまとめたものです。第1部として世界文明としてはキリスト教圏(ユダヤ教を含む)、イスラム教、ヒンドゥー教(仏教を含む)、儒教を、そしてプラスアルファー我々日本人の行動様式をまとめています。
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 それに加えて第2部として国際社会を読み解くとして米中、イスラム西欧、印中、中日についての絡み合いを解説しています。
 詳しい内容は、本書に譲るとして、この中で日本は相当特殊に捉えられています。こんな状態でよくまあ文明開化に成功したものだと感心します。これも、めぐり合わせなのかもしれません。それに加えて、文明開化後現代に至るまでその行動様式は大きな変化がないということが驚きです。
 つい最近、現代語訳「学問のすすめ」を紹介しましたが、本書を手に取りながら現代日本を見た福沢諭吉先生は恐らく変化の小さいことに唖然とするのではないかと思うほどです。
 あと当方の感心した事例として、1つ目は、当方は当Webページ「イントロンの暴走」で「ロンドン同時多発テロについて(自爆?) 2005年07月14日」の中で自爆テロを抗議行動と捉えていましたが本書ではp223で、

橋爪 イスラムは、正規軍でアメリカとぶつかる力などまるでない。だから過激派たちは身体を張って、政治活動をすることで、溜飲を下げている。

と、しており、本書では政治活動ではあっても抗議と言うよりも内なる対応としています。この本では、このイスラム西欧についても説明があり大雑把に理解することが可能です。
 2つ目は、クルアーン(コーラン)を焼き捨てたり廃棄したりすると大事件になることが私には理解できませんでしたが、本書を読んで神の書であるクルアーンの重要性が多少なりとも理解できたような気がします。
 3つ目は、中国の皇帝を頂点とした順番によるピラミッドを基本とした儒教思想が今の中国共産党にも根付いており、中々、民主化に進まない様が理解できます。また、同時に台湾や香港の事例を出して一党独裁から多党制に移行できることが示されてはいます。 
 さて、これ以上、本書の内容を書き出すと紹介を越えて記述しないとならなくなりそうです。と、言うことで本書もお薦めの一冊です。

2022年4月17日 (日)

「現代語訳 学問のすすめ」を読んで

 「学問のすすめ」と言えば誰もが知っている一万円札の肖像にもなっている福沢 諭吉著作の本です。
 これを、斉藤 孝氏が現代語訳(ちくま新書)したものを当方は最近、読んだのです。既に、渋沢 栄一の時代かもしれませんが。
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 感想は、福沢のユーモアにグイグイ押されて終始楽しく読むことが出来ました。
 特に、自由と独立について何度も繰り返し、国から家庭から個人まで出てくることが印象的です。当時の福沢の維新直後の国際情勢と国内思考方法に対する危機感がそうさせたのでしょうけれど、私はこれは現代にも通じると思います。
 特に、感心させられるのがp15の

「天理人道(天が定めた自由平等の原理)」にしたがって交わり、合理性があるならばアフリカの黒人奴隷の意見もきちんと聞き、道理のためにはイギリスやアメリカの軍艦を恐れることもない。国がはずかしめられるときには、日本国中のみなが命を投げ出しても国の威厳を保とうとする。これが一国の自由独立ということなのだ。

であり、具体的な例としてp40に

 むかし戦国時代に、駿河の今川義元が数万の兵を率いて織田信長を攻めたとき、信長は策によって桶狭間で奇襲をかけ、今川の本陣にせまって義元の首をとった。そのとき駿河の軍勢は蜘蛛の子を散らすように戦いもせずに逃げ去って、当時名高かった駿河の今川政府も一日にして、あとかたもなく滅びてしまった。
 一方、二、三年前、フランスとプロシアの戦い[普仏戦争(一八七〇)]では、はじめフランス皇帝ナポレオン三世は、プロシアの捕虜になったけれども、フランス人はこれで望みを捨てることなく、ますます発憤して防戦し、骨をさらし血を流し、数か月籠城して、和睦に持ち込んで、フランスはもとのままのフランスを保った。今川義元の例とはまったく違っていて比べようもない。
 この違いはどこから来たのか。駿河の民はただ義元ひとりにすがって、自分自信はお客さんのつもりで、駿河の国を自分の国と思う者がいなかったのに対して、フランスでは国を思う者が多く、国難を自分の身に引き受けて、人にどうこう言われるまでもなく自ら自分の国のために戦ったから、このような違いが出たのだ。

と、示され、人間の独立精神の重要性を示しています。
 次に、学問の必要性については
 p10に

 西洋のことわざにも、「天は冨貴を人に与えるのではなく、人の働きに与える」という言葉がある。つまり、人は生まれたときには、貴賤や貧富の区別はない。ただ、しっかり学問をして物事をよく知っているものは、社会的地位が高く、豊かな人になり、学ばない人は貧乏で地位の低い人となる、ということだ。

と、書かれている他にp19に

 もしも、国民の徳の水準が落ちて、より無学になることがあったら、政府の法律もいっそう厳重になるだろう。もし反対に、国民がみな学問を志して物事の筋道を知って、文明を身につけるようになれば、法律もまた寛容になっていくだろう。法律が厳しかったり寛容だったりするのは、ただ国民に徳があるかないかによって変わってくるものなのである。
 厳しい政治を好んで、よい政治を嫌うものは誰もいない。自国が豊かになり、強くなることを願わないものはいない。外国にあなろられることをよしとするものもいない。これは人の当然の感情である。

と、しています。当方は当初学問のすすめと言うのだから個人が学問を身に着けて豊かになろうという利己的な本だと思っていたのですが、それだけではなかったのでした。さて、この中で“強くなることを願わないものはいない。”とありますが大東亜戦争を経た今の人は必ずしもそうは思っていないように感じます。次に、“外国にあなろられることをよしとするものもいない。”とここにも独立心を鼓舞するものとなっています。我々、大東亜戦争後の人間も米国に媚びへつらうのではなく独立心をもって対応したほうがよいのではないかと思うところです。
 ただ、当方から見て気になったことを1つ上げておきます。それは、p119

 試しに見てみるといい。動物、魚、虫、自分で食を取らないものはいない。食料を得て一時の満足を得るだけではなく、蟻に至っては、はるかに未来のことを考え、穴を掘って住処を作り、冬の日に備えて食料を蓄えるではないか。なのに、世の中には、この蟻のレベルで満足している人もいる。

です。ここでは蟻をさげすんでしますが、世の中の生きとしいけるものは、代を重ね生息範囲を広げるよう一所懸命生きているのです。それを、さげすむのはやり過ぎだと思います。確かに蟻は個体としては小さいですし、思考が備わっているわけではありません。だからといって、生物の霊長である人間と考えるのはおごっているものと感じます。まあ、福沢が現代に生まれていたら違った考えになっていたかもしれませんが。
 他にも現代でも為になることが満載なのです。例えば、人付き合いを大切にしようだったり、スピーチのすすめであったり、そのスピーチで表情や見た目の印象が大切であること説いたりです。
 というわけで現代語訳「学問のすすめ」を薦めます。

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2021年1月29日 (金)

「ツーカとゼーキン」明石 順平著(インターナショナル新書)を読んで

 副題に“知りたくなかった日本の未来”とあります。2020年4月11日に初版された本書は日本の財政状況が「極端なインフレ」を招くことを指摘しており、p4に「日本の財政再建はもう絶対に不可能」と言い切っています。
 この本では、まず通貨の成り立ちを述べ、通貨の借金のしくみを取り上げ、国債と通貨の関係を説明し、アベノミクスにより財政再建の分岐点から逸脱したことを述べています。そして、極端なインフレ後の新たな時代に高齢化を配慮すると消費税率を増やすなど税金の見方を変えるべきだと述べています。
 極端なインフレについては浅井 隆氏や藤巻 健史氏が前々から主張しております。それに加えて、「ドル化とは何か」土田 陽介著(ちくま新書2019年10月10初版)でも警告されています。藤巻氏も既に極端なインフレは避けられずインフレ後の新たな中央銀行による新通貨発行により経済の急回復を期待しています。その辺は明石氏と考え方が似ているかもしれません。土田氏は海外の事例を元に極端なインフレが起こると日本で米ドルの流通が増え経済回復がままならなくなるのではと主張しています。
 さて、この極端なインフレを個々人がどうすれば乗り越えられるかについては、明石氏は答えていません。浅井氏は金(きん)や米ドル、藤巻氏は米ドル資産、土田氏は間接的に米ドル札を持つことを示唆しています。
 当方は、それらに加えて物財を持つことも良いのではないかと思っています。また、円(国)の信用不安による下落により相対的に民間の資産である株も上がるのではないかと思っています。これは既に進んでおり、新型コロナ下の国からの財政支出がここのところの株高に反映されているものと思っています。円安が進まないのは外国の財政支出もあり相殺されていることがあるのだと思っています。結局のところ相場を見ながら外貨貯金または外貨MMF、米ドル札、物に関する投資信託、日本株の投資信託をバランス良く投資し資産防衛するのが吉かと思います。今は円高が進んでいるように思われますので米ドル関連に重点を置くべきかと思います。
 なお、明石氏はp174日本国債の下落の際に日本国が所有する米ドル債の売却による円高の可能性の言及、藤巻氏は極端なインフレの際に経済混乱が起き株の下落を予測しているなど不確定要素もあるので投資は自己責任でお願いします。
 あと、この本で興味を引いたことは、p246に

みんなが兌換紙幣を持って硬貨と引き換えにくるわけではないので、保有している硬貨よりもたくさんの兌換紙幣が発行されます。

と兌換(だかん)紙幣といえども全発行額が硬貨に換わるわけではないことが分かり驚いているところです。
 また、p67に銀行預金について

みんなが一気にお金を引き出すわけではないので、本当に保有しているお金よりも、たくさんのお金を貸すことが可能であり、その分預金が増える。こうやって貸し付けによって預金が増えていく仕組みを、信用創造という。

と、信用創造の仕組みを知ることが出来ました。


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2019年5月26日 (日)

「経済学者たちの日米開戦」牧野 邦昭著(新潮選書)を読んで

 副題に“秋丸機関「幻の報告書」の謎を解く”とあります。秋丸機関とは「陸軍省戦争経済研究班」のことです。「日米開戦 陸軍の勝算」林 千勝著の批判も若干しておりますがそれは後ほど。
 さて本書では、日米に高い経済格差があったにもかかわらず、なぜ日本が日米開戦へと突き進んだのかを記しています。
 概要としては、戦わないと負けるが、戦うといくらかの勝算がある状況では、行動経済学のプロスペクト理論により人間は損失を被る場合にはリスク愛好的な行動をとるため、戦うことを選んでしまう傾向があるそうです。p154を引用すると

 さて、こうしたプロスペクト理論を踏まえると、昭和十六年八月以降の当時の日本が置かれていた状況は先ほどの選択枠aおよびbとほとんど同じであった。日本の選ぶべき道は、政策決定者の主観的には二つあった。

A 昭和十六年八月以降はアメリカの資金凍結・石油禁輸措置により日本の国力は弱っており、開戦しない場合、二-三年後には確実に「ジリ貧」になり、戦わずして屈服する。
B 国力の強大なアメリカを敵に回して戦うことは非常に高い確率で日本の致命的な敗北招く(ドカ貧)、非常に低い確率ではあるが、もし独ソ戦が短期間で(少なくとも一九四二中に)ドイツの勝利に終わり、東方の脅威から解放されソ連の資源と労働力を利用して経済力を強化したドイツが英米間の海上輸送を寸断するか対英上陸作戦を実行し、さらに日本が東南アジアを占領して資源を獲得して国力を強化し、イギリスが屈服すれば、アメリカの戦争準備は間に合わずに交戦意欲を失って講和に応じるかもしれない。日本も消耗するが講和の結果南方の資源を獲得できれば少なくとも開戦前の国力は維持できる。

B枠は何とも長くそれはつまり不確定要素を多く含んだものであることを示していますがこの選択からBを選んだことになるのです。
また、これに合わせて、日本では開戦の際に集団意思決定が行われており、社会心理学の研究で集団極化と呼ばれる現象(個人が意思決定を行うよりも結論が極端になること)が起き極めて低い確率の可能性に賭けて開戦という選択枠が選ばれることになっていたのではと言うのが著者の考えです。我々が集団意思決定を考えれば平均的な答えを導き出すと考えがちですが、むしろ実態は逆のようです。
 プロスペクト理論なり集団極化なり使って説明を試みていますがこれは経済の面で見て不合理な日米開戦が選ばれたのかを著者なりに考えた答えのようです。
 次に、秋丸機関の開戦への結論ですが、これについても著者は陸軍の要請で作られたものであり戦争遂行は困難であるが低い可能性ではあるけれども開戦して勝てる見込みを示したに過ぎないとしています。それは、発見された秋丸機関の出した報告書である「英米合作経済抗戦力調査」なり「独逸経済抗戦力調査」の内容や本調査に関わった人の著述や発言を見るとそう考えられるとしています。
 さらに、秋丸機関の報告書は特に秘密ではなかったのではないかと説明しています。つまり、秋丸機関の報告書で使われている数字や考え方(英米の船舶輸送力が弱点であること)は一般の書物等でも示されたものであり特に秘密にする必要が無かったのではとのことです。
 さて、「日米開戦 陸軍の勝算」林 千勝著についてですがp103に

最近ではそれが「陸軍は合理的な研究により勝てる戦略を立てていた、太平洋戦争は勝てる戦争だった」と言う形でかなり強引に使われている場合もある。

と、批判しています。また、第六章では英国のインド洋補給路を断つことは、太平洋でアメリカを正面として戦いが進んでいる中では難しかったことを述べています。同じく六章のp188「根本的な問題②-アメリカの造船力の桁外れの大きさ」の中でドイツと一緒になって輸送船を沈めても米国の輸送船の生産量が超えることを述べています。当方は、それでもインド洋補給路を断つことは積極的に行われても良かったのではと思います。一般的な書物でも輸送船攻撃が有効であることが示されているのなら日本海軍もその事は理解していたはずです。ドーリトル空襲などで多少、日本本土が攻撃されたぐらいで考え方を変えていたのでは戦争には勝てないはずです。
 本書は、一見不合理に見える日米開戦がなぜ決定されたのかを考え方を示したところが今までの書籍と異なっているものと思います。今までの書籍では主に人物に絞って話が進められなぜ不合理な戦争に進んでいったのかが見えにくかったように思います。
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2018年7月23日 (月)

「軍事のリアル」冨澤 暉著(新潮新書)を読んで

 この本は、著者の経験をもとに日本の自衛隊がおかれている状況や法律上の問題点などを書いてある本です。
 少し堅めの本で用語の厳密さや難しさがあるのに、その定義はあまり説明されていないので少々読みにくい本となっています。例えば、第1章、第2章に頻繁に出てくる「集団安全保障」と「集団的自衛権」と言う用語がありますが、実用例を示すばかりなので用語がわかっていることが前提となっています。
 しかし、考え方は陸上自衛隊元トップが書いているだけあってうなずかされるところがあります。今回は当方の解るところについて注目したい点を紹介して行きたいと思います。
 まず、第3章には他国語から日本語に、またその逆の日本語から他国語に直すとうまく伝わらない例が記載されています。例えばp36に「security」を安全保障と訳すか自衛と訳すかとか、p43では自衛隊(self defense force)を英語で訳すと「護身隊」とか「正当防衛隊」と聞こえることから、外国の軍隊から嘲笑され仕事がやりづらくなるとか書かれています。
 次に、第5章では、当方が以前から懐疑的に思っているミサイル防衛(MD)が日本の防衛には不十分であることをp60に
 ミサイル防衛に使用するPAC-3やSM-3等は元々「待ち受け兵器」であって、その射撃陣地のまわりにある重要警護対象を護るものである。例えばPAC-3を東京中心部の空き地等に数多く配備すれば、山手線内部の皇居、永田町、霞が関、防衛省等を護ることはある程度期待できる。しかしその場合、筆者の住む横浜の住民は有効射程外なので護ってもらえない。
 イージス艦搭載のSM-3は本来、ミサイル攻撃に弱い航空母艦を護るために開発されたという。空母機動軍(艦隊)の比較的近く(200キロ以内)に存在して艦隊向けに飛んでくる弾道ミサイルを高度200キロ付近(秘密事項なので推察)で撃ち落とす、とされている。
と、示しています。更に第12章では、「ミサイル防衛の限界と民間防衛」としてp151で、
 北朝鮮による核弾道ミサイル攻撃に対して、日本のミサイル防衛システムでは対応できないことは、第5章で述べた通りである。
 そこで、日本も、艦艇搭載の非核巡航ミサイル(無人飛行機みたいなもの、例えばトマホーク)などにより敵基地を攻撃できるようにしては、という意見が20年も前からある。現に25大綱の自民党案には確かにその項目があった。しかし専守防衛という防衛政策が変更されることはなく、また仮に攻撃が許されることになっても、前述したように通常兵器による反撃は、目標の弾道ミサイル発射機が動きまわり、更に地下壕に待避するため、米軍でも効果的に実施できないのである。
 と言うことになれば、本当に核攻撃から身を守るのであれば、日本でも「核シェルター」を準備して国民を守るしかない。・・・以下略・・・
と、しており弾道弾移動発射台の攻撃が難しいので核シェルターの有効性を唱えています。
 三番目に、第12章ではその北朝鮮に関してほぼ当方が以前Webページで言ったのと同じ様な分析をしています。
p149に
 一方、日本に対して北朝鮮が核ミサイル攻撃をする公算は大きくなっている。北朝鮮が中国や米国やロシアに核攻撃をする可能性は今のところ無い。そんなことをすれば一挙に北朝鮮側が叩きつぶされることが自明だからである。
 北朝鮮は韓国に対しても核攻撃をしないであろう。将来、北朝鮮主導で朝鮮半島を統一したいという希望を金王朝が持つかぎり、その合併対象の韓国に核攻撃はできない。
 四番目に、p161ページに平和についての考え方として、
戦死者数の少ないことが平和だとすれば、世界は(1)20世紀前半より(2)後半、そして(3)ソ連崩壊以降(すなわち米1極体制)と、より平和になって来たといえる。
と、していますが、核兵器による事故など潜在的な死亡者数が勘案されていないことが気になります。
 続いて、核の廃絶についてp162に
 日本では特に「核廃絶」を主張する人々が多いが、本当に世界から核がなくなっても世界に平和は訪れないであろう。なぜなら在来型(通常型)兵器が残るからである。
 在来型兵器はその使用者に「相手を絶滅させても、自分は生き残れる」という可能性を与える。核兵器に比べ在来兵器には「軍事的相互脆弱性」がない。
 ならば「在来型兵器もすべてなくせば良い」という声が返ってくるかもしれないが、これは解決策にならない。1990年から3年間戦われたルワンダ紛争(内戦)では100万人以上の人々が亡くなったと伝えられているけれども、その内の少なくとも10万人以上は鉈や棍棒で殺戮されたという。更に放火も殺人の手段であったという。つまり、彼らの生活用具が武器になったわけである。その生活用具をすべて廃絶することはできない。
と、結局、当方はこの主張に賛成します。しかし、先ほども書いたとおり、核兵器も人間が扱うので事故を皆無にすることは不可能です。核兵器を不用意に増やすことには事故の回避がより難しくなるため出来るだけ核兵器の数を減らす努力はしなくてはならないものと考えます。p166ページから著者も
 既核保有国の核を保全して、その他の国の新たな核保有を禁じることは確かに不平等な話である。しかし、世界の平和、即、各国の平和と考えるならば、これはやむを得ないことと考えなければならない。そこで多くの国々に、核不拡散条約に参加して貰いつつ、既保有国の核軍縮を少しずつ進めて行く、その最終目標として「核廃絶」という遠い先の目標だけは掲げておくというのが現在のNPT体制なのである。
引き続きp166に「日本は核武装すべきではないけれど」として、
 NPT加盟国たる日本が核武装することは、できないしすべきではない、というのが筆者の考えである。軍事は外交の背景として存在するものだから、日本が孤立化し、その外交が成り立たなくなるような軍事措置をとってはいけない。
としています。
 今回は、当方の注目した点を紹介してきましたが、その他にもこの本には冒頭にも述べた、法律上の問題点とか、米国政策の様子見のためにシンクタンクが使われるとか、PKOの問題点とか陸・海・空自衛隊の「出自」と「性格」などなど書かれております。ちょっと難解なところは有りながらも一読してみてはと思います。

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2018年5月 4日 (金)

「コミンテルンの謀略と日本の敗戦」江崎 道朗著を読んで

 本書は、コミンテルン(共産主義インターナショナル)がソ連の指導を受け世界共産革命を目指し、各国を戦争に引きずり込んだことを示しています。

 

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 なぜ、戦争に引きずり込んだかは戦争で国家を疲弊させたところで人民の蜂起(共産革命)を起こさせようとしたとあります。
 日本も、この計略にまんまとはまってしまって大東亜戦争を長引かせてしまったことが記述されています。
 日本の場合、明治維新以来欧米の植民地になっては成らないとの悲壮な決意から欧米の技術・思想をいち早く取り込もうとした姿勢や一次大戦後の経済的混乱や共産思想への過度の取り締まりが逆に共産主義思想へ追いやったりで、共産党の工作しやすい土壌を醸成していたことを本書では述べています。
 さらに、日本ではp213に
 さらにいうならば、日本の共産主義者たちは、あわせて恐るべきことを考えていた。
 本章で見たような軍部の「戦時統制経済」熱を利用する形で、戦争継続をテコとして日本国内で「統制経済」の国家体制を確立し、それを共産主義社会へと転換させればいい、という考え方である。
と、いうわけで、日本では左翼全体主義者(共産主義者)が右翼全体主義者の中に偽装して入り込み日本を統制経済から左翼全体主義に進むよう操作していた現状を述べています。
 なお、本書ではp38で共産主義を
 共産主義とは、突きつめて単純化するならば、「生産手段を国有化して、一党独裁のもとで徹底した経済的平等をめざす考え方」だ。
と、しています。
 一方、全体主義とは私の持っている辞書では、

 

個人に対する全体(国家・民族)の絶対的優位の主張のもとに諸集団を一元的に組み替え、諸個人を全体の目標に総動員する思想および体制

 

と、しています。このことからも共産主義は左翼全体主義と言えます。この本では全体主義は官僚(エリート)によって統御しやすいものとして捉えているようです。
 それでは、右翼とは、p123に
 ここでいう「右翼」とは、社会主義者や左翼たちを批判し、その言論の自由を奪うことが国を守ることだと思い込んでいる人たちのことを指す。・・・中略・・・以後「右翼全体主義者」と表記することにする。
と、しています。ここでは、弾圧のことのみをことさら表現していますが右翼全体主義も全体主義として官僚に統御しやすいものとしては同じことで、官僚や軍官僚から推進されていたことが書かれています。
 当方は、中央集権的な官僚体制として律令制が思い浮かびます。これも公地公民制をとっています。結果は生産性が上がらず、三世一身法や墾田永年私財の法により実質崩壊してしまいました。官僚制の限界をこれらは示しているものと思うのです。当然、神の見えざる手(市場)に全てを任せれば良いとはさすがに思いませんが。
 あと、本書では、左翼全体主義者、右翼全体主義者に対して保守自由主義者の系譜も述べられており戦前は東条英機首相が保守自由主義者を弾圧したりと混沌とした状況が述べられています。
 当方、本書を読んで日本がなぜに戦争へと突き進んだのか、否、進まされたのか、随分理解が進んだように感じました。
 次に、気になった部分を2ほど挙げてみたいと思います。
 本書のp308を読んで、私は自分の思い込みを正された様で大変な衝撃を受けました。それは、特に大東亜戦争が祖国防衛戦争であり植民地解放戦争ではなかったことを指摘しているからです。当方は、以前に当ブログで“「大東亜戦争で日本はいかに世界を変えたか」加瀬 英明著(ベスト新書)を読んで”でこのことを取り上げたり、保阪 正康氏と半藤 一利氏の対談集「昭和を点検する」(講談社現代新書)p22に保阪氏が「米英両国ニ対スル宣戦ノ詔書」にアジアの解放の文言が入っていれば歴史は変わったとの発言をし、半藤氏もそれに対して追認していることを紹介した時にもうなずいたものですが、本書を読んで考えが変わってしまうのでした。つまり本書では植民地解放戦争を遂行するのであればそれは戦争が長期化しそれこそ共産主義を惹起するとの主張を小柳陽太郎氏の言葉を借りて示しているのです。大東亜戦争との呼称も良くないとの考えです。
 もう一つは、又引きになるのですが、p40に、
 一九九七年、フランスの国立科学研究センターの主任研究員ステファヌ・クルトワと、フランス現代史研究所の研究員ニコラ・ヴェルトは『共産主義黒書<ソ連編>』(外川継男訳、ちくま学芸文庫、二〇一六年)を上梓し、共産主義体制によってどれほどの出たのか概算を示している。
  ソ連      死者二〇〇〇万
  中国      死者六五〇〇万
  ベトナム    死者一〇〇万
  北朝鮮     死者二〇〇万
  カンボジア   死者二〇〇万
  東欧      死者一〇〇万
  ラテンアメリカ 死者一五万
  アフリカ    死者一七〇万
  アフガニスタン 死者一五〇万
 など、総計で一億人近くが共産主義体制によって犠牲になったと見積もっているわけだ。
 今から二十年近く前の計算なので、北朝鮮や中国共産党支配下のチベットやウイグルの犠牲者を足せば、さらに多くが犠牲になったことになる。
 第二次世界大戦における連合国・枢軸国および中立国の軍人・民間人の被害者数の総計は五千万~八千万人とされているので、それ以上の犠牲者を出したことになる。
 しかし、そのような残虐な恐怖政治の実態は、徹底した報道規制のため、まったく知られていなかった。
と、当方は「ソ連の崩壊や北朝鮮の飢饉と戦争について考えてみる」と経済闘争と死についてブログで書いてみたのですが、階級闘争について、こう言った数字を目の当たりにすると平和であっても人は死ぬのだと慄然としてしまうのです。
 さて、本書は表題ほどコミンテルンの謀略(工作)を示す資料(コミンテルンの指示で誰がどうしたといった)をあまり紹介出来なかった様ですが、コミンテルンの方針や状況証拠から、その内容を示しているのかと思います。コミンテルンはアメリカでも日本を追い詰めるよう策動していた上に日本でも工作していたわけで、これでは日本も戦争に巻き込まれざるおえなかったのかと思います。詳細に過去の日本の状況を知りたい人は本書を一読されてはと思います。

 

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2017年4月 9日 (日)

『「太平洋戦争」アメリカに嵌められた日本』マックス・フォン・シュラー著(WAC BUNKO)を読んで

  『「太平洋戦争」アメリカに嵌められた日本』には表題の内容のみではなく多岐にわたって一般的な米国人の考え方が示されています。

 

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 まあ、米国人は色々いるので一般的と言っても説明しにくいようですが、アングロサクソン系の白人でキリスト教のプロテスタントの信者と言うことの様です。
 さて、本の帯にも、
米国籍・米国人の私が、袋叩きにあおうとも真実を語ろう!
と、書かれているとおり著者は本にこんなことまで書いて米国に戻れるのだろうかと心配になってしまいます。
 まず、米国の宗教観ですが、p16に
これは「神様はアメリカを選んだ」という宗教的信念に基づき、「アメリカを世界で最上位の国」と位置づけることで成り立っている。つまり、世界は最上位の国アメリカとその下にある他の国で構成され、最上位ゆえに他の国と違ってアメリカはいろいろな「例外」があると考えるのだ。
としています。何だか中華思想に似てるところもある様な・・・
 次に、ちょっと驚いたことに宗教の性に与える影響がp43に示されています。
 アメリカの根の文化では、基本的にセックスを楽しむことが罪である。これはアメリカのキリスト教から来ていて、「子供をつくるためにはしょうがないけれども楽しんではいけない」とする宗派が多い。性の自由も一応、知っていると言うけれど、深いところではそう考えている。アメリカ人のほうがセックスに関してフリーだと日本人はイメージするが、違う。
それは、従軍慰安婦の話につながってゆきます。p142に
第二次世界大戦のときのドイツ軍にもいたし、「フランスのベトナム戦争のときのフランス軍にもいた。・・・中略・・・
「アメリカのベトナム戦争」では「売春宿」と呼ばれる場所がアメリカ軍の基地内にあり、売春婦がいた。・・・中略・・・
 軍人相手の売春は、アメリカの陸軍にしろ海軍にしろ必ずあった。しかし建前上、そういう制度は存在しないことになっている。だから、「売春婦を買ったのではないか」と言われたら、「あれは自由恋愛だ」と応じる。なぜ、そんな言い訳をするのか。アメリカで「売春」は公の場で口に出すことが憚られることであり、売春に関係したことはアメリカ軍にとって「不都合な真実」だからである。
 なぜ、売春に対して厳しい目があるのかというと、何といっても宗教の影響が大きい。
と、しており公然とは言えない雰囲気があることが分かります。どおりで戦争映画などでは売春の話がいっぱい出てくるのに慰安婦問題では日本の意見をはねつけるわけです。米国も全てが透明というわけではなく本音と建て前がある実態が分かってきます。
 著者もp145に
日本人がアメリカ人と慰安婦問題を論ずる時は強制ではなかったのだということを論じるのではなく、この宗教観とフェミニズムを想定して論じなければならないだろう。
と、しています。なんかこの論理でも従軍慰安婦を認めた時点で悪になることは必定であるので日本人としてモヤモヤが晴れることはないのでしょう。しかし、米国人の宗教観を理解することは米国を相手にするためには重要であると感じてしまいます。このことは、米軍のレイプ問題にも著者が言及することとなっています。
 三つ目に、話を本の表題になっている太平洋戦争(大東亜戦争)の話に移します。まず、太平洋戦争(大東亜戦争)が起きた遠因について、著者は米国のフィリピン西進と、日本が第一次世界大戦で獲得した南洋諸島との交差や石油を求めてインドネシアに進出した際にフィリピンとぶつかることから火種になることを第一としてあげています。その次に、中国(シナ)と米国の関係です。p76から、
一九一一年に辛亥革命が起こったが、一九一三年に中国の革命政府は世界中のプロテスタントのキリスト教会に対して「自分たちの革命が成功するよう、祈ってほしい」と求めた。これをアメリカの宣教師はとても喜んだ。・・・中略・・・
「助けてください」を「私はあなたの教えに従います」というメッセージだと理解しても不思議ではない。実際アメリカ人は中国人がすり寄ってきたと感じた。・・・中略・・・
 アメリカの宣教師たちは徐々に「中国は素晴らしい国である」と説教をするようになり、中国にいる宣教師が新聞に投稿して記事になったりし始めた。・・・後略・・・
と、米国がシナを従属国となることを期待をしていたことが分かります。一方、日本にはキリスト教も浸透せず。p80に
 ウィルソン大統領は中国人の宣伝活動によって、日本という非白人の非キリスト教国が「白人支配」という当たり前の法則に挑戦していると捉え、「中国は善、日本は悪」と考えるようになった。そして、中国を守る責任を感じた。それはアメリカ人の思いでもある。
と、日本に悪感情を持つようになったことを示しています。p86には、
 アメリカでは事実を丁寧に確認することより、英語で言う「assume(勝手に考える)」が普通である。証拠がなくても、「日本が戦艦をつくっている。アジア大陸に覇権を広げている。だから危ない」と言われたら、疑いもせずに信じる人は少なくない。このような社会だから、「日本の悪魔化」はアメリカ政府の政策によってではなく、アメリカの文化が醸成したと言えるだろう。
中国を守る責任感と共に日本に対する悪感情を醸成したことが考えられています。
さらに、p94には日本に戦争をはじめさせる計画が示されています。孫引きになりますが、

 

 それはアーサー・マッカラム海軍少佐のつくった覚書でロバート・B・スティネットの『真珠湾の真実』に載っているが、「日本に戦争を始めさせる八つの計画」と呼べるものだった。

一 アメリカは英国の軍港、特にシンガポールの使用について英国と協定を結ぶ。
二 オランダ領東インドにある基地を利用できる協定をオランダと結ぶ。
三 中国の蒋介石政府をできるだけ援助する。
四 東洋にアメリカ海軍巡洋艦隊を派遣する(・・・中略・・・)。
五 太平洋の基地にアメリカ海軍の潜水艦を増やす。
六 太平洋艦隊をハワイに配属する。
七 オランダ領東インドから日本への石油の輸出を禁止する。
八 アメリカから日本への石油の輸出を禁止する。
と言う内容のもので、日本への悪感情により日本から戦端を切るように仕向けるようにしてものです。これについては、「大東亜戦争で日本はいかに世界を変えたか」でも別のことが示されています。
 また、太平洋戦争(大東亜戦争)を始めることを止められたかと言うことに対しても著者はp99に
「日本にアメリカとの戦争を避ける選択肢はなかったのか」と日本人からしばしば質問される。私の答えは「なかったと思います」だ。トップのルーズベルト大統領、外交の責任者であるハル国務長官、そして強硬派のスティムソン陸軍長官という権力の中枢にいる三人が、日本との戦争を望んでいたことがその理由である。
と、しています。先に感想を書いた「戦争を始めるのは誰か」でも、フランクリン・デラノ・ルーズベルトがシナの国民党に肩入れをし日本に戦争になるよう挑発したことが示されています。日本でよく軍部が増長したから戦争になったと言うのは少々一方的すぎるようです。米国の日本への戦争を仕掛けた理由としては「大東亜戦争で日本はいかに世界を変えたか」ではヨーロッパ戦線への介入のため、「戦争を始めるのは誰か」ではニューディール政策の失敗隠しをあげていました。本書では先にも示しましたシナの国民党が米国に従属的な態度で振るまい、日本は白人支配の挑戦者であること、日本の第一次世界大戦での太平洋への進出は米国のフィリピン支配と経路が交錯したことを理由にあげています。
 さて、本書では米国人の考え方を色々示して、今まで書いたこと以外に水問題やそれに絡めた食糧問題、さらにはシェールオイルを含めたエネルギー問題等々述べていますので手にとって米国人のことを考えてみてはと思います。

 

 

 

 

 

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2017年3月26日 (日)

「戦争を始めるのは誰か」副題「歴史修正主義の真実」渡辺 惣樹著(文春新書)を読んで

 この本は、第二次世界大戦がどのように始まったのかを第一次世界大戦の始まりから読み解いた本です。
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 本書の帯にもあります。

○大戦の真因は、ベルサイユ体制の不条理、英国の愚策、ポーランドの稚拙な外交
○大戦はポーランドと中国の独立維持のために始まったが、どちらも守れず、共産化した
○ホロコースト以前のヒトラーはドイツ経済再建の英雄と見なされていた
○オーストリア国民はドイツ帝国への併合を熱烈に歓迎した
○大戦中の共産勢力に対する米国の支援が戦後の冷戦を招いた
○借金に追われていたチャーチルにとって、ナチス台頭は絶好のチャンスとなった
 特に、「○大戦はポーランドと中国の独立維持のために始まったが、どちらも守れず、共産化した」という見方は明らかに自由主義陣営の失敗を意味しておりこれらを進めてしまったフランクリン・デラノ・ルーズベルト(本書ではFDRと略されている)、と当時のイギリスの政治に対して批判的です。
 本書のp3「はじめに」では、

多くの知識人が、二人の悪魔(ヒトラーとスターリン)の壮絶な戦いを傍観すべきであり、そうすれば両者は必ず弱体化する。時期が来たら、アメリカが講和の仲介に入れば良いと考えていた。・・・中略・・・一九四一年夏の世論調査では、米国の傍観でドイツがイギリスとロシアの両国に勝利したとしてもそれで構わない、とする世論が六八%もあった。
と、しており米国世論は一九四一年夏時点でも不参戦であったことが述べられています。フランクリン・デラノ・ルーズベルトは表面上、世論を受けてヨーロッパの戦いへの不参加を表明していたにもかかわらず、ポーランドやシナ(中国)の国民党に働きかけてアメリカを第二次世界大戦に引きずり込んだことを本書では多岐にわたって示しています。
 例えば、日華事変(日中戦争)ついてはp220に

 ロシアは蒋介石政権に工作を仕掛け、日中戦争を煽ることにまんまと成功した。この仕掛けの本質は、対FDR政権工作であった。既に書いたように、FDRは親ロシアであり、また親中国であった。その上、国務省プロパーの外交官の意見を聞こうとしなかった。盧溝橋事件はそのようなFDRに向けて放たれた高度な外交テクニックであった。日本はベルサイユ体制を破壊し和平を乱す「悪い国」と印象付ける格好の事件に仕上げられたのである。
 一〇月五日、FDRは、日本は軍国主義、ドイツはナチズム、イタリアはファシズムという伝染病に侵された「悪い国」と決めつけ、日独伊三国は伝染病患者であると語った。伝染病に侵された患者は隔離しなくてはならないと演説した。これが世に言われる「隔離演説」である。
 以前紹介した「大東亜戦争で日本はいかに世界を変えたか」でもフランクリン・デラノ・ルーズベルトが日本を戦争に引きずり込んだことが述べられていましたが、その理由はヨーロッパ戦線への介入のためとしています。本書ではp228に

「隔離演説」は唐突なものだった。本来なら道路プロジェクトの完成とシカゴの発展を祝うはずの場で、なぜ日独伊三国をな詰ったのか。
 FDRは、なりもの入りで進めてきたニューディール政策の先行きを不安視していたのである。司法は既に、ニューディール政策関連法の違法性を指摘していた。
と、自身の政策の失敗を覆い隠すために行われたことが指摘されています。
 一方、ウィンストン・チャーチルも好戦的性格を持っており、第一次世界大戦後のベルサイユ体制での不誠実であるドイツが払えないような賠償金を課したり民族自決にそぐわない国境線を引いたことに無自覚であったここを示しています。それは、ドイツがチェコスロバキアのズデーテンラント併合をする際の交渉でイギリスのチェンバレン首相がミュンヘン協定で併合を認めたことに対して、議会でチェンバレンの批判をしたり、その他の批判がイギリスの戦争の火種となる愚策であるポーランドへの独立保証を進めてしまったこと示しています。p289に

 チェンバレンが気にしていたのはやはりチャーチルであった。既述のように彼は執拗にナチスドイツを攻撃していた。彼の物言いには、どこにもベルサイユ体制の不正義に対する自省の感情は見られなかったし、共産主義に対する警戒の念もない。ひたすらヒトラーは危険である、従って英国は軍備(特に航空戦力)増強が必要だと国民に訴えていた。
と、しています。
 当方も、チェンバレンがチェコスロバキアのズデーテンラント併合を認めたことがナチスドイツの世界征服の始まりと理解していましたが、本書では、p282でそれを否定しています。あくまでも、第一大戦の戦勝国であるチェコスロバキアが欲張って国境線を定めたことが発端である旨が示されています。
 また、ドイツのポーランド進行も元々第一次世界大戦後のポーランドの強欲がドイツの分断を招いてしまいそれが第二次世界大戦の火種となったことを示しています。本書では、ヒトラーが平和裏に交渉でことを進めようとしていたことがp284にあります。
 最後に、本書から気になった部分を示したいと思います。それは、第一次世界大戦でドイツはイギリスから港湾封鎖を受け、餓死者が出ていたそうです。それも、講和が有利に進められよう休戦以後も続けられたくだりがp50にあります。

 ところがドイツの期待は裏切られた。休戦がなってもイギリス海軍はドイツ港湾の封鎖を解かなかった。そのためドイツ国民は休戦後も飢え続けた。封鎖の狙いは、厳しい講和条件をドイツに飲ませるためであった。そのためにはドイツを徹底的に苦しめておく必要があった。イギリスの外交政策は日本人が考えるような紳士のそれでは決してない。国益最大化を狙う冷徹なものであった。港湾封鎖は一九一九年三月には若干緩和されたものの七月一二日まで続いた。休戦から封鎖が解かれるまでにおよそ二五万人が餓死した。
果たして、近代戦ではここまで過酷なことは無いかもしれませんが、相手が中共やロシアとなるといざという時にやはり食料は国内生産できる体制を整えた方が良いのではと感じるところです。食料生産資材も出来るだけ備蓄や代替物に速やかに移行できる体制を整えておくことが望ましいものと思います。
 本書は、第一次世界大戦から第二次世界大戦の始まりまでに関して今までとは違った見方を示してくれますので一度手にとってみてはと思います。

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2017年2月25日 (土)

「日本の武器で滅びる中華人民共和国」兵頭 二十八著を読んで

 ちょっと驚くタイトルですが、簡単に説明すると、シナ(中国)は海岸部中心で工業化が進んでおり、さらに大陸棚の遠浅の海なので沈底式機雷を敷設する能力があれば中国共産党を崩壊へと導くことが出来るのではとの考えです。それを海外に供与してはどうかとの内容です。
 他にも、「中国」の呼称はそれを呼んだ瞬間からシナを中心とした華夷秩序を容認するため自らをおとしめてしまうとか、尖閣諸島にトリップワイヤーとして自衛隊を少人数でも駐留させるべきではとか、弾道ミサイルに対してミサイル防衛(BMD)が無意味であることなど記述があり当方の納得のいくところです。
 特に、沈底機雷により中国共産党が崩壊するとのシナリオは、当方の思い描いていた日本は中共に内陸部があることから日華事変(日中戦争)を想起させ屈服させることは困難との認識を変えるものです。中共も改革開放が進んでそうなったかとの感慨です。
 皆様も本書を読んで日本の防衛について考えてみてはと思います。
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