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2024年3月28日 (木)

兵庫県は「soraかさい」ほかに行ってきた

 兵庫県加西市にある「soraかさい」では、紫電改と九七式艦上攻撃機の実物大模型が展示されています。その他に、姫路海軍航空隊の軍事遺構が残されています。
 まずは、「soraかさい」の紫電改の実物大模型です。紫電改は日本海軍の局地戦闘機と呼ばれる防空戦闘機です。もともとは水上戦闘機「強風」を陸上戦闘機化したものを「紫電」それを低翼配置に改良したものを「紫電改」と呼ぶそうです。詳しくはウィキを見てください。
 姫路海軍航空隊の鶉野(うずらの)飛行場に紫電改の組み立て工場と組み立て後の試験場があったためここに実寸大模型を作ったそうです。
 今回は、展示室から外に出してくれる日でした。紫電改の大きさは零戦より二回りほど大きい感じがします。
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 九七式一号艦上攻撃機は西暦1937年皇紀2597年に採用された艦上攻撃機です。詳しくはウィキを見てください。艦上攻撃機は空母に積んで船を魚雷などで攻撃するのが主任務、陸上攻撃機は陸上から発進し船を攻撃する飛行機です。当方は、一式陸上攻撃機は重慶爆撃に使われているので陸攻は海軍が持つ陸上を攻撃する飛行機だと間違って覚えていました。
 鶉野飛行場では九七式一号艦上攻撃機はパイロット養成に使用されたほか特攻機として使用されたためここに実寸大模型を作ったそうです。
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 以下軍事遺構はガイドさんに案内してもらいました。
 鶉野飛行場滑走路跡
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 鶉野飛行場エプロン跡(牛舎脇が舗装されている)
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 指揮所防空壕跡
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 地下防空壕跡
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 巨大防空壕跡(自力発電所跡、現在シアター) 
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 対空機銃座跡(男たちの大和舞台セットを配置)
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 地下防空壕跡
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 門柱・衛兵詰所跡
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 防空壕跡(コンクリート、小山に見えるのが防空壕跡)
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 素掘り防空壕跡
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 爆弾庫跡(他の防空壕より厚い壁)
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と、色々な軍事遺構が残っています。

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2022年1月22日 (土)

愛知県にある依佐美送信所記念館(ニイタカヤマノボレ発信)に行ってみた

 「新高山登レ一二〇八」を潜水艦に発信した愛知県にある依佐美送信所記念館に行ってみました。
 本送信所は昭和4年に建設された当時世界最大級の無線送信施設で17.4kHzの長波によるヨーロッパへの送信を日本で初めて行ったそうです。長波送信は地球を沿って電波が進むためヨーロッパまで届くそうです。(短波は地上と電離層の間を電波が跳ね返りながらす進みますがそれとは違います。)また、水中まで電波が届くことがわかったため潜水艦への通信に使うようになったそうです。
 当時は、長波の電波を作るための真空管がなかったため交流の高周波発電機を使って電波を作ったそうです。(ドイツ製)その大きさは写真の通りとても大きく、また、アンテナも鉄塔の高さ250mで8本の鉄塔を使ってアンテナの長さ1440m幅500mにも及ぶものでした。
 詳細は「依佐美送信所公式サイト」をご覧ください。相当詳しく載っていますので行く方は予習方々閲覧することをお薦めします。
 施設は昭和25年4月に米海軍に接収され平成5年8月まで稼働していました。現在は、送信設備と鉄塔の一本が途中で切られた形で産業遺産として残されています。

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 施設入口

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 2号鉄塔の一部

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 施設内部


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2020年2月15日 (土)

愛知県にある豊川海軍工廠平和公園などに行ってきた

 今回は、愛知県豊川市の豊川海軍工廠跡に行ってきました。海軍工廠は海軍の兵器を作る大規模な直営工場です。豊川海軍工廠は1939年の開設以降東洋一と言われ、186haの敷地で最盛期には6万人を超える人が働いていたそうです。海軍工廠なので海辺か運河があるのかと思っていましたが結構内陸にあります。機銃や弾丸の製造に当たっていたそうなので海に接していなくても良かったらしいのです。
 海軍工廠跡は広くとても歩いて隅々まで回ることは出来ませんので、正門(日本車輌製造正門に利用)と豊川海軍工廠平和公園に行ってきました。
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   正門(日本車輌製造正門)
 写真には写っていませんが脇に蒸気機関車も鎮座しています。

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   正門脇の案内板

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   豊川海軍工廠平和公園

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   豊川市平和交流館
 中は撮影禁止なので外側だけ写しています。

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   工廠の周りを囲っていた土塁と排水路

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   土塁と排水路の案内看板

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   旧第一火薬庫

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   旧第一火薬庫内側
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   旧第一火薬庫案内板

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   旧第一火薬庫土塁に直撃した500ポンド(約227kg)爆弾の着弾跡
 227kgの爆弾では土塁を多少損傷する程度であることが分かります。

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   500ポンド爆弾の着弾跡案内板

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   旧第三信管置場の土塁(誘爆を防ぐためのもの)
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   旧第三信管置場の土塁(土塁上部からみたところ)

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   建物を取り囲む土塁案内板

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   土塁のトンネル通路

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   旧第三信管置場

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   旧第三信管置場案内板

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   防空壕跡
 さすがに防空壕は埋まっています。ただの窪地です。

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   防空壕跡案内板


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2020年2月 6日 (木)

三重県にある鈴鹿海軍航空隊跡に行ってみた

 三重県鈴鹿市にある鈴鹿海軍航空隊跡に行ってきました。過去に基地があったことと基地の建物が最近まで残っていたことを示す看板、基地の門、あと、モニュメントが設置されています。「桜の森公園」の中にあり駐車場があるのですが航空隊跡案内板を目指すと入り口が分かりにくかったです。
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  左側に基地の門と番兵塔や中央に石碑その右側に案内看板、一番右側にモニュメント

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  基地の門と番兵塔  

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  旧軍施設の配置図、以前建っていた格納庫写真
 看板をみると鈴鹿が海軍航空隊だけでなく、鈴鹿海軍工廠や三菱重工鈴鹿工場、それに陸軍第一航空軍教育隊、陸軍第一気象連隊もあり、軍都であったことがよく分かります。

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  石碑、モニュメント等の設置趣意書

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  海軍航空隊案内看板



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2020年1月25日 (土)

三重県津市にある香良洲歴史資料館

 三重県津市にある香良洲歴史資料館に行ってきました。三重海軍航空隊(海軍飛行予科練習生教育隊)のあった地にある資料館です。予科練というと「若鷲の歌」にも出てくる茨城県の霞ヶ浦が有名ですが、三重県津市香良洲にもあったのですね。知りませんでした。三角州である香良洲町の約3分の1に当たる1.3平方キロメートルを占有した施設で、最盛期には約1万5千人の若者が在隊したそうです。
 この資料館内は、撮影禁止になっているので、写せたのは表に置いてあった旧海軍の練習機「白菊」の主翼、ベニヤ板で作られた特攻船「震洋」のエンジンとスクリューがあります。あとは、移設された三重海軍航空隊の門があります。
 
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 「白菊」の主翼
 
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 「震洋」のエンジンとスクリュー
 
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 三重海軍航空隊の門
 
 資料館の中には栄エンジンとプロペラ、あともう一つ航空機用エンジンとプロペラが展示されています。(館内を写しているWebページも多数あるので写真は交渉次第かも)
 詳しくはググってみてください。
 
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2019年10月20日 (日)

愛知県の博物館明治村に行ってきた(兵舎があるよ)

 今日は明治村に行ってきました。明治村に戦争遺構なんか無いだろうと思っていましたがあにはからんや、名古屋の歩兵第六聯隊兵舎(ほへいだいろくれんたいへいしゃ)がありました。
 案内看板には明治6年(1873年)に建築され兵舎等はフランス式のデザインだそうです。

外装は簡素な作りでこれがフランス式?という感じです。
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内装も簡素です。兵舎ってこんなものかな。
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兵舎の建っていた配置図です。名古屋城の隣です。
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三八式歩兵銃です。明治38年(1905年)採用の銃で大東亜戦争(太平洋戦争)を闘っていたのですからチョットという感じですね。
しかし、米国も海兵隊では戦争初期には1903年採用のスプリングフィールド銃ですから何ともです。

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2019年9月16日 (月)

岐阜かかみがはら航空宇宙博物館に行ってきた

 昨日、岐阜県各務原市にある岐阜かかみがはら航空宇宙博物館に行ってきました。
 ここでの、最大の見所は旧日本陸軍三式戦闘機二型「飛燕」の試作機でしょう。飛燕は空冷エンジンより正面の断面積を小さく出来る液冷式エンジンを採用しています。当時の日本の生産技術では複雑な液冷式エンジンを動かすのは容易ではなかったはずで稼働率は低かったものと思います。
 下が飛燕の写真です私のカメラ腕前が悪いので少し手ぶれを起こしてぼやけています。
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 他にも屋外に海上自衛隊のUS-1A救難飛行艇や
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 P-2J対潜哨戒機(潜水艦への探知や攻撃をする飛行機)が陳列されています。
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 屋内にF104戦闘機などが陳列されています。奥に短距離離着陸機の試作機飛鳥が見えていますね。
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2018年6月 3日 (日)

東京にある靖国神社遊就館に行ってきた

 当方のWebページにあるとおり前回行った時には改修中でしたので、2度目の訪問です。
 嵐山美術館が無き後には大東亜戦争時の日本の兵器の展示はここが最も充実しているのではないでしょうか。
 特攻兵器が多く展示されているのも特色でしょうか。国家を指導する立場にある方には、今後はこのようなことが起こらないようにして欲しいものです。 

 

「零式艦上戦闘機52型」(皆様ご存じとは思いますが、大東亜戦争を通じての旧日本海軍の主力戦闘機です。)

 

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艦上爆撃機「彗星」(エンジンがドイツ製のコピー品でしたが、高い精度が要求され当時の日本の工業力では期待した性能が出せなかったようです。)(下)
ロケット特攻機「桜花」(上)

 

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九六式一五センチ榴弾砲(中距離砲のことです。)

 

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八九式一五センチカノン砲(長距離砲のことです。)

 

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四式二十センチ噴進砲(山なり弾道の近距離大口径砲です。)

 

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四一式山砲(分解して人力でも運べるそうです。)

 

 

 

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二式迫撃砲(山なりの弾道の近距離砲です。)

 

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九二式重機関銃

 

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八九式重擲弾筒(「てきだんとう」と読みます。山なり弾道で近距離に弾を投射するための簡易兵器です。)

 

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八八式七・五センチ野戦高射砲(対飛行機用の砲です。)

 

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海軍三年式八センチ高角砲(対飛行機用の砲です。)

 

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九五式二十五ミリ連装機銃(対飛行機用の銃です。)

 

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九七式中戦車(旧日本陸軍の主力戦車でしたが、歩兵支援程度にしか使えなかったようです。)

 

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戦艦陸奥装備副砲五十口径三年式十四センチ砲

 

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九三式魚雷三型(燃料の酸化剤として酸素を使う魚雷です。従来の空気を使った魚雷より高性能だったそうです。)

 

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特殊潜航艇「海龍」(特攻兵器です。)

 

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水上特攻艇「震洋」1型(特攻兵器です。ベニヤ板製のモータボートに爆弾を積みます。)

 

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伏竜特攻隊員像(特攻兵器です。敵の上陸用の船を海中から爆弾付の竿で突くそうです。)

 

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2017年12月10日 (日)

象山地下壕(松代大本営)跡に行ってみた

 今回は、象山地下壕(松代大本営)跡に行ってみたことについて書いてみたいと思います。
 象山地下壕跡については、ウィキの松代大本営跡[松代紀行]象山地下壕,幻の松代大本営,皆神山?に既述があるので今更ですが簡単な説明を書いておきます。
 象山地下壕は、長野県長野市松代町にある地下壕で、大東亜戦争(太平洋戦争)の末期に本土決戦のため政府中枢を移すため掘られた壕で近傍には大本営(陸海軍の中枢)と天皇陛下の御座所(舞鶴山)や食料貯蔵庫(皆神山)とされた壕が掘られたそうで合わせて「松代大本営」と呼ぶようです。9ヶ月間で総延長は3つの壕を合わせて10kmあまりが完成し計画の8割とされています。その中で象山地下壕は5853m掘られたとされています。結局、本土決戦は行われず幻の大本営跡となったのでした。

 

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 象山地下壕跡の入り口は実は地下壕の裏側で反対側がから掘り進められたそうです。
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あとは、さすがに金網が張ってあり入れなくしているところは落石の跡もみられ管理も大変だと思うのに無料で見られるとはありがたいところです。
 当方は長野駅らかバスで行ったのですが、「30古戦場経由松代行き」に長野駅バス停から乗れば良かったのですが長野バスターミナルまで歩いて少しばかり遠回りをしてしまいました。降り口は松代八十二銀行前バス停でおりて徒歩でも行けたのですが「まち歩きセンター」でレンタサイクルを借りて行きました。(まち歩きセンターには木町バス停の方が近かったりします)上記ブログでは松代駅近くの観光案内所でもレンタサイクルを借りたことが書いてあります。
 さて、当方は広島・長崎の原子爆弾がなくとも、松代大本営は使われずにすんで良かったものと思います。それは、戦争が長引いていたら日本が東西ドイツや南北朝鮮の様に分割されたり、旧ソ連領になる地域が出ていたかもしれないからです。事実、北方四島は現在でもロシアが占領しています。
 ただ、日本が本土でまで戦おうとしていた事実は残ります。当方は、主に沖縄で言われるところの捨て石にされたとの表現は本土決戦を戦おうとしていた事実を持ってもあまり良い表現ではないと思います。過去にも当方のWebページ「イントロンの暴走」の中で■沖縄戦は捨て石か? 2010年06月09日と言う記述をしております。
 次に、象山地下壕跡の入り口の脇に「もうひとつの歴史館・松代」がありますが、説明の内容は疑問に思うものが多くありました。まず、朝鮮人労務者のことです。この壕をつくったのは朝鮮人労務者であり技術も朝鮮人労務者が持っていたとの内容の説明を受けましたが朝鮮人に掘削技術や測量技術を教えたのは文明開化を果たした日本人のはずです。また、慰安所がもうけられて朝鮮からだまされて連れてこられたとの説明も受けました。確かに設営したのは日本人でしょうが、だましたのは朝鮮人であるはずで、しかも、目的は朝鮮人労務者のための慰安所です。最後に、天皇陛下の御座所の内装はヒノキ造りで豪華であった旨の説明も受けました。しかし、昭和天皇は戦争を忍んでスリッパがすり切れるほど使っていたそうです。この例から見てもこの歴史館は天皇陛下と国民の分断が目的の一つではないかと思われるものになっているのでした。この歴史館は朝鮮人の怨念が感じられるものでした。入館料200円なので、このようなプロパガンダも世の中にあることを知っておくには良いのかと思います。



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2017年5月20日 (土)

陸上自衛隊の朝霞駐屯地に行ってきた

 ちょっと遅くなりましたがゴールデンウィーク中に陸上自衛隊の朝霞駐屯地に行ってきました。
 自衛隊の10(ヒトマル)式戦車を見れたのは収穫でした。
 写真の一番手前が10式戦車、その次が74式戦車です。

 

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 他にも小銃やヘリコプターなどが展示されていました。
 帰りに売店で色々売っていたのですが当方は「平成28年度富士総合火力演習」と「10式戦車のすべて」というDVDを買いました。

 

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