さて、71年前の今日、9月2日は大東亜戦争(太平洋戦争)の降伏調印がなされた日ですが、今回は憲法九条のことを考えてみたいと思います。
ことあるたびに当方は憲法九条は早急に改正されるべきとのことを書いております。
それは、戦争(武力による紛争解決)はこちらが放棄したとしても相手のあることですから相手が武力に訴えてくれば相手にねじ伏せられてしまうことからそう思うのです。もし、多くの人がやられ損を覚悟の上で憲法九条を推進するのであればそれは止めようがありませんが当方にはそうは思えません。
近年、中国の振る舞いは尖閣諸島を自国のものと主張するばかりか、沖縄も冊封体制の歴史から見て属国扱いしようとしています。これを見過ごそうものなら日本自体も冊封体制の一部で中国の属国であると言いかねません。と言うか既に
米国に対しては太平洋を分割統治しようと持ちかけているのです。中国の属国や保護国にでもなったらそれはチベットや新疆ウイグル自治区を見れば回答の一部は得られると思います。また、当方想像しますに、憲法九条などは日本国憲法と一緒に消し飛んで守ることすら無意味であることを思い知らされ、日本国は中国の支配体制の一部となり周辺国に手先として軍隊送ることになるのではないでしょうか。日本がいつか来た道という現実性と日本が中国の属国となったときの現実性はどちらが高いものでしょうか。
また、ロシアも中国ほどではありませんが日本を狙っています。東日本大震災の時には威力偵察として爆撃機を日本一周させています。あとは、北朝鮮です。北朝鮮は核開発を行っていますしその運搬手段としてミサイルを整備しようとしています。米国を交渉につかせることや体制維持が主な目的とされていますが日本に矛先を向けてくることは十分考えられます。
そんな中にあってまだ後生大事に憲法九条を守る必要があるのか当方には疑問で仕方ありません。
さて、それでは憲法九条について当方なりに考えてみたいのでまずは、引用です。
第二章 戦争の放棄
第九条 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
2 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。
さて、当方は「
憲法の自主性」にも憲法が国民投票をして変えることとなるので国民の理解を超えた政治的行政的憲法解釈であまりにひずむのはおかしなことだと思うことを示しました。もっと単純に言えば国民の多くが日本語として理解出来ないものは無意味な憲法解釈だと言いたかったのです。ここでは憲法九十六条に関わる話をやめ、当方が理解可能で平易な考え方により憲法九条を見てゆきますと、「国権の発動たる戦争・・・は・・・永久にこれを放棄する。」と戦争の放棄をうたっています。戦争とは何でしょう。当方所有の国語辞典では「武力による国家間の闘争」とあります。さらに、憲法九条を読んでゆきますと「武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。」となっていますから二重に武力を否定しています。この文言で武力をそもそも国際紛争には使えないことになります。また、武力による威嚇とありますが、武力は持ったことが明らかになった瞬間から守りであっても威嚇することになると思います。さて、それでは、今の陸海空自衛隊は武力に入るのでしょうか。当方は武力と言って差し支えないものと思っています。従って、自衛隊は違憲だと当方は思っています。加えて、「国際紛争を解決する・・・」とありますが国際紛争の定義は何でしょう。当方所有の国語辞典では「国家と国家との間に起こるもめごと」となっています。向かってきた他国から島嶼部を守ることすら憲法違反となってしまいそうです。
つづけて、第2項では「陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。」となっており、第1項と合わせて三重に武力と軍が否定されています。
だからこそ、必要とされている自衛隊(国防軍)を違憲にしないためにも憲法九条は出来るだけ速やかに改正すべきと思っているのです。
この文脈でおわかりでしょうが、当方は、
自民党の憲法改正草案はなお書きで自衛権を保障するので文章としてはすっきりしないと思っています。当面急場しのぎで変えるとしても、ゆくゆくは再改正を行わねばならないでしょう。
そのほかにも、各国の軍隊が法をネガティブ・リスト方式(行ってはならない事柄を列挙)でとっているのに対し、自衛隊は憲法九条上軍隊ではないため警察と同じポジティブリスト方式(行って良い事柄を列挙)で法が組まれているので、このことが我々を守る際の制約になっているそうです。
憲法九条が決められたのは、明らかに戦勝国が再び日本に戦争を起こさせないようにしたものであり、それだけ日本とのうんざりな戦争を避けたかったと言うことでしょう。それは、神風特別攻撃隊であり硫黄島や沖縄にみられる島嶼部の戦闘であったのだと思います。皮肉にもこれらの犠牲的精神が憲法九条を生み出したことは否定できないかもしれません。一方、アメリカの爆撃機であるB29による都市爆撃や原爆の投下、戦争後半での飢餓、シベリア抑留など悲惨な戦争の体験により憲法九条が支持されてきたことも事実でしょう。しかし、それらは行き過ぎた過剰反応であり、冒頭で述べたように国家を防衛して初めて憲法は守ることが可能なので当方は早く国民・国家・憲法を防衛できるよう憲法九条が改正されるよう切に願がっているのです。
最後に、何度もこのブログで書いていますが憲法九条を守ろうとしている人には憲法九条がそんなに良いなら習近平や金正恩の前でも斡旋してほしいものです。
<当ブログ参考>
日本国憲法について考える。天皇は元首であるべきか。日本国憲法について考える。憲法の自主性。
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