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2015年11月

2015年11月23日 (月)

「成長なき時代のナショナリズム」萱野 稔人著(角川新書)を読んで

 ブログで前回書いたとおり、ここではこの本の感想ではなく今後の米国とのつきあい方を考えつつ書いてゆきたいのです。
 私が、前回読んだ「大東亜戦争で日本はいかに世界を変えたか」で知った新事実の影響は大きいものです。その内容は、ルーズベルト大統領が日本を第二次世界大戦に引きずり込んだというものでした。はたして、今後の中国関係に対峙しなくてならない中で、この様な謀略を米国に対してどう表現するべきかと言うことです。日本が、大東亜戦争に対する日本の正当性を主張をすることはとりもなおさず米国との対立を生む可能性があるからです。
 さて、本書では排外主義的なナショナリズムが起きるときに経済的な「パイの縮小」という認識がありその例として慰安婦問題や靖国参拝問題をp35にあげています、

 慰安婦問題においても同じである。
 まずは、これまでの歴史的経緯に鑑みて韓国政府のやっていることはおかしいのではないか、という問題意識が強固に存在しているという事実を認めなくてはならない。そのうえで、「いくら日本ばかりが批判されることをおかしいと思っても、『強制連行はなかった』と主張すればたちまち国際世論からの反発を招き、日本の立場をよけいに悪くしてしまう」という点を批判すべきなのだ。「気持ちはわかるが、あなたたちのやっていることは日本の立場を悪くするだけだ」という姿勢である。
 さらにこの問題においては、韓国政府のやっていることが、日韓請求権協定や河野談話、アジア女性基金など、これまでの経緯からいっていかにおかしなことなのかをきちんと主張できるような政治的表現や外交戦略をつくりだしていくことも必要である。
・・・中略・・・
 ナショナリズムの問題は、それが激化してしまうと国益そのものも裏切ってしまいかねないという点にある。ナショナリズムの思想や行動は「国民のため、国のため」という意識から生まれるが、それが激化してしまうと「国民のため、国のため」にならないことを引き起こしてしまうことがあるのだ。
・・・中略・・・
 たとえば二〇一三年末になされた安倍首相の靖国参拝は、中国や韓国からだけでなくアメリカやロシア、EUからも批判を浴びた。日本は右傾化していて危険だという中国や韓国の主張に格好の口実を与えてしまったわけだが、それでもなお内政干渉をはねのけて靖国参拝をしたことを評価する声が国内では広がった。
 国益よりもみずからの心情を優先させてしまうようになるこうした傾向こそ、ナショナリズムのもっとも危ない点であり、その傾向をどうやって国益を冷静に見極められる合理性に引き戻すのかを考えなくてはならないのである。

と、何とも欧米や中韓こそが世界であると言いたげです。まあ実際に国力の問題まで考えればその主張はもっともなのかもしれないのですが。
更に、p44では慰安婦問題を交通違反者になぞらえて、

 しばしばスピード違反で捕まったドライバーが「スピード違反をしている人間はほかにもいっぱいいるのに、なんで俺だけが捕まるのか」と警察に抗議をすることがある。それをみると、警察官も、そして私たちも「こいつ反省してないな」と思うだけだろう。国外ではそれと同じまなざしが、慰安婦問題をめぐって「他の国だって同じようなことをしていた」「日本だけが非難されるのはおかしい」と主張する日本にむけられているのである。
 不当だ、と思うかもしれない。
 しかし、だからといって、それに対抗して「日本だけが非難されるのはおかしい」とさらに主張すれば、それだけよけいに「日本は反省していない」と思われてしまう。要するに、「日本だけが非難されるのはおかしい」と主張すればするほど「日本だけが非難される」という状況をうみだしてしまうのだ。

としています。これには3つばかり錯覚が含まれています。まず、「警察官」は誰か、次に「私たちも思う」のか、3つめは「日本だけが」なのか、と言うところです。一つ目、警察官は当然連合国です。戦勝国である連合国は自分たちに非のあることを認めたくないのです。次に、「私たちも」としていますが、当方は捕まった相手に「運が悪い、捕まってかわいそうに」と同情します。三つ目の「日本だけが非難される」としていますが、これも非難する側は欧米、中韓に限定されるように思えます。それでもなお大筋は著者の言う通りに進んでいるように見えます。
 さらに本書のp45では、

 そもそも国際的な外交の場とは、利害を異にするアクターたちが少しでも自分に有利になるようさまざまな戦略や策略をもちいる空間である。そんなところで自国が不利になっている状況を他国のせいにしたってしかたがない。ナイーブに自己主張すればそれが聞き入れられると考えること自体、外交の場面では自滅行為となりうるのである。

と、しています。結局、敗戦国である日本は、欧米や中韓から弁護する権利を取りあげられたままであると感じてしまうのです。この本の文脈から考えられるのは欧米から孤立したくないのであれば欧米に従った方が得策だと言うことです。
 さて、少し話を巻き戻してp29

 しかし、一九九〇年代になり、韓国の元慰安婦たちが日本政府に対して国家賠償請求の裁判を起こすようになると、韓国政府は、この問題は新しい問題であり、そこでの個人の請求権は日韓請求権協定の対象にはふくまれないと主張しはじめた。
 この韓国政府の主張は法的一貫性を欠いていて、国際法の常識からは決して認められるものではない。また、慰安婦問題が「新しい問題」だというのもおかしな話である。慰安婦の存在は韓国社会でも日本社会でも戦後ずっと知られており、それを放置してきたのは韓国政府と韓国社会の不作為でしかないからだ。

 そして、前回読んだ「大東亜戦争で日本はいかに世界を変えたか」のp202を靖国神社問題の主要部分であるA級戦犯が過去には問題となっていなかったことについて引用してみます。

 今日では「A級戦犯」は恥ずかしい烙印となっている。しかし、独立を回復した直後では、そのようなことはなかった。
 A級戦犯として実刑判決を受けた重光葵が、鳩山一郎内閣の外相として、同じように実刑判決を受けた賀屋興宣が、池田内閣の法務大臣として、入閣している。
 岸信介首相は、A級戦犯容疑者として逮捕され、巣鴨刑務所に収容された。
・・・中略・・・
 日本が昭和三十一(一九五六)年に、重光葵外相のもとで、国連加盟を果たした時に、重光外相が国連総会に出席したが、満場の拍手によって、迎えられた。A級戦犯であったことは、まったく問題にされなかった。

慰安婦問題や靖国神社参拝問題は現代に作られた問題と言っても過言ではないでしょう。これらは中韓によって喧伝された策略です。
 それに米国が呼応したのは、安倍首相が2013年12月26日に安倍首相が靖国神社に参拝した時に懸念をしめしたことです。これは、東京裁判で作った歴史観を再強化していると言えるものです。その背景として、米国が大東亜戦争の日本の正当性を示す歴史観に寛容ではいられなくなったことがあると思うのです。つまり、イラク戦争での正当性の失敗から、日本が大東亜戦争で戦った理由の正当性に触れることで失点を出すことすら嫌悪しているのでしょう。
 そして、また本書に戻り著者の主張として国益を述べているところとしてp51に、

 まずは、政治家が歴史問題において日本を免罪すると受けとられるような言動、もしくは日本の事例を相対化すると受けとられるような言動は一切しないようにすること。これは最低限守られるべき方針だ。

と、しています。結局、これは日本が大東亜戦争で行った自存自衛の戦いとアジア解放の戦いをしてきたことに口をつぐめと言っていることに他なりません。政治家を除いて日本国内で議論している間は問題ないと言うことになるのでしょうか。しかし、当然国内でこれらの議論が起これば民主主義国家ですから政治家や政治に影響することは必至です。これに欧米や中韓に抗弁しないのはまさに、現代版の臥薪嘗胆です。しかも、この構造は、日本が軍事的な関係を米国に依存している限り続くことになります。当方は、日本が核兵器を保有するまで壊れないことを意味するのでは無いかと思うくらいです。結局、永久的に続く臥薪嘗胆として我慢するしかなさそうです。どちらをとっても精神衛生上悪いような気がします。核抑止の発想後の世界は陰鬱としたものにならざるおえないようです。
 さて、本書は慰安婦問題や靖国神社参拝問題だけを取りあげているわけではなく、日本社会のパイが拡大しないことから発生する問題をナショナリズムの問題、経済の問題、社会福祉の問題等から見ており興味深いものがあるのでぜひ手に取ってみては思います。

 

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<当ブログ参考>
「大東亜戦争で日本はいかに世界を変えたか」加瀬 英明著(ベスト新書)を読んで 
「日本人としてこれだけは知っておきたいこと」 中西輝政 著 (PHP新書)を読んで
 
「超マクロ展望世界経済の真実」水野和夫 萱野稔人 共著(集英社新書)を読んで 


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2015年11月 7日 (土)

「大東亜戦争で日本はいかに世界を変えたか」加瀬 英明著(ベスト新書)を読んで

 この本は、表題に示している有色人種解放の戦い以外にも日本がいかに対米戦争に突入したのかとか、原爆の投下が不要だったのに行ったことが示されています。

 

 まず、本書では大東亜戦争で自存自衛と有色人種解放の戦いをしたとしています。
p61では、

 一九一九年にパリにおいて、第一次世界大戦のベルサイユ講和会議が開催され、国際連盟憲章が起草された時に、日本全権団が人種平等の原則を盛り込むように提案したにもかかわらず、アメリカ、イギリス、フランス、オランダなどの植民地諸国によって葬られたために、日本国民は深く落胆した。

とか、また、「大東亜共栄圏」とか「八紘一宇」という言葉は皆さんご存じでしょうか?ここでは大東亜会議のことが、p72にあり、

 大東亜会議は人類の長い歴史の果てに、アジア諸民族のリーダーが集まって人種平等の理想の世界をうたった、世界史の大きな転換点だった。

としています。
 そして、p78にインパール作戦が引き起こしたインド独立の経過やp79に著者がインド独立五十周年記念式典に参加してのインド重鎮からの日本への感謝の挨拶の下りが出てきます。また、p72には“皇紀による年号が刻まれたジャカルタの独立記念碑”としてインドネシアの独立が日本により実現したことを述べています。
 この点については本書の題名にもなっているとおり主要部分ですが必ずしも日本が有色人種の解放だけでなく権益の拡大を戦争目的にしていたことを別の本で示します。
 まず、「なぜ日本は戦争を始めたのか」益井 康一著(光人社NF文庫)のp80で大東亜会議でよばれた一国であり日本が独立させた満州帝国の話として

満州帝国は五族(日・満・漢・蒙・鮮)協和の王道楽土の建設を基本要領にしたが、内部的には関東軍と、日本官吏と、日本資本に支配されて、外国から“傀儡国家”とよばれるようになった。

として、以下に満州政府の役人は始めのうちこそ20%の以内と決められていたがその後ワクがはずされ日本人で占められていたとか。政府の総長(大臣)は満人だが次長は日本人で実権を握っていたとか。皇帝が天皇への祝辞を述べる原稿に謙譲語を入れていないと関東軍に怒られたとか。何とも五族協和と言いながらまさしく属国扱いです。この本は以前本ブログでも述べた中国共産党の謀略により日華事変(日中戦争)が始まったことを示していますから当然、左翼的な本では無いと思います。
 次に、保阪 正康氏と半藤 一利氏の対談集「昭和を点検する」(講談社現代新書)p22に保阪氏が「米英両国ニ対スル宣戦ノ詔書」にアジアの解放の文言が入っていれば歴史は変わったとの発言をしています。半藤氏もそれに対して追認しています。他にも、p109からは、半藤氏が満州事変がリットン調査団による国際連盟の勧告を政策責任者の多くが受け入れを示したときに日本の新聞が英米は自分たちは植民地支配をしているのに、なぜ日本の満州における権益を否定できるのかと主張したとしています。他にもこの本には日本が自存自衛の戦争をしたことや権益を目指して満州事変や日華事変(日中戦争)を起こしたことが断片的に出てきます。他の本である8人による対談集「昭和陸海軍の失敗」(文春新書)p64では今村均大将がジャワ(インドネシア)での善政をしいたが、軍中央部での不評をかい一年程で首がすげ変わった話が出てきます。
 そういったことから確かにアジアの解放は大東亜戦争により触発されたのでしょうが、必ずしも大東亜共栄圏や八紘一宇を日本の多くの人が本気で考えていたとは思えないのです。

 

 次に、「大東亜戦争で日本はいかに世界を変えたか」では対米戦争への米国フランクリン・ルーズベルト大統領の陰謀により対米戦を引き起こさせたかをp33から「第二章 仕組まれた対米戦争の罠」として書かれています。まず、なぜ日本を戦争に引きずり込みたかったかについては、p42に

昭和十五(一九四〇)年六月に、フランスが降伏して、ドイツがヨーロッパ大陸を席巻した。このときから、イギリスは孤立無援の戦いを、強いられるようになった。
 ルーズベルトはイギリスを救うために、アメリカをヨーロッパ戦争に参戦させることを、強く願った。ところが、孤立主義が厚い壁となって立ち塞がっていた。
 そのために、日本にアメリカとの戦争を強いることを急いで、ヨーロッパの戦争に裏口から入ることを、企てた。

 そのために、p41に中国からの日本本土奇襲爆撃計画をすすめたこととして、

 ルーズベルト大統領は(昭和十五年)五月十五日に陸海軍に、蒋介石政権に爆撃機を供与して、機体に晴天白日のマークを塗って、中国機として偽装した上で、アメリカの「義勇兵」に操縦させて、中国の航空基地から発進し、東京、横浜、大阪、京都、神戸を爆撃する「JB-355」計画を提出するように、公式に命じた。

としています。さらには、p42に戦後日本処理の機関を開戦前に発足させたものとして、

 ルーズベルト大統領は昭和十六(一九四一)年二月に、国務省のなかに日本と戦って屈服させた後に、日本をどのように処理するか、研究する「特別研究部」を、極秘裏に発足させた。日米が開戦する九ヶ月前のことだった。

と、開戦前からルーズベルト大統領は戦争する気でいたのです。そのことは続いて、p51で、

 真珠湾攻撃の一二日前の十一月二十五日に、ルーズベルト大統領がホワイトハウスに、ハル国務長官、スティムソン陸軍長官、ノックス海軍長官、マーシャル参謀総長、スターク海軍作戦部長を招集して、会議が行われ、「アメリカに過大の危機を招かぬように配慮しつつ、日本のほうから攻撃せざるをえないように仕向ける(・・・英文中略・・・)」ことで、合意した。

と、しています。まずは日本に一発撃たせることで米国世論が戦争に傾くようにしたかった様で、実際そうなりました。

 

 三つ目に、原爆投下も不要だったのに行ったことがp169「第八章 アメリカと日本の原爆」に書かれています。p170から引用すると、

ルーズベルト大統領の前任者だった、フーバー大統領は『フーバー回顧録』の中で、広島への原爆投下を強く非難している。
「一九四五(昭和二十)年七月のポツダム会談前から日本政府は和平を求める意向を、繰り返し示していた。
 ポツダム会談はこのような、日本の動きを受けて、行われた」

として、以後、回顧録の引用によにより、原爆投下までに行った日本の和平への動きを具体的に述べ広島、長崎への原爆投下を残虐行為として非難しています。

 

 他にも色々な特攻隊の精神であるとか、国連の直訳が連合国であるとか、ありますがそこは本書を手に取ってみてはと思います。
 本書はおおむね妥当なところが書かれているように思いますが、現在の中国情勢厳しい中にあってこれを米国に直接主張するのが良いかは後ほど「成長なき時代のナショナリズム」萱野 稔人著(角川新書)を基に考えてみたいと思います。

 

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<当ブログ参考>
「日本人としてこれだけは知っておきたいこと」 中西輝政 著 (PHP新書)を読んで


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